田舎おやじの言動log

田舎で暮らすおっさんの言動を適当にロギング。

研究職その2

研究職恨み節の続き。


さて、会社の影の権力者としてやりたい放題だったじいさんだが、3年ほどで一度うちを退職する。はっきり言えば契約終了という名のクビだ。

こうなった理由はまず、じいさんが関わった新製品がパッとしなかったことにある。前任の友人とその部下をまとめて降格、退職に追い込んだあと引き継いで開発した製品は、当初こそ新技術の導入で飛躍的な性能アップを果たしたように喧伝されていたが、フタを開ければ従来製品とさほど変わらず、メンテ面や製造コストではむしろ難しい問題を抱えていた。そして納期も遅れに遅れた。この製品はいわゆる「センサー」のカテゴリーなのだが、そのセンサーを利用する我々計器側の部署は1年近くまともな試作品すら与えられずデータ取りで苦労させられ、新製品をなかなか発売することができなかった。そんな実情をよそにこの製品はその年の報告会でブッチギリの1位となり、年末には会社特別賞も受賞していた。こいつのせいで忙しい中、なぜか報告会に駆り出された自分は実に不愉快極まりなかった。
2つ目は少し自分にも関わる。当時の専務が前回書いたような会議の出来事多発を見かね、じいさんを会議出禁にしたのだ。ここまで被害者が出る前に気づいてほしかった気持ちも正直あるが、しつこい攻撃に懲りず死なばもろともと公の場を巻き込む自分の反撃スタンスがうまくハマった稀有な例と言える。実務に影響が出るレベルの個人攻撃は組織として見過ごせないのは道理。ともあれこれでじいさんの発言力は低下した。
3つ目は金だ。なんだかんだで現実的に会社としてはこれが一番許されない。自業自得としか言いようがないが、月給制を蹴ってまで年俸を恐ろしく吹っかけていたのに実績がパッとせず、挙句翌年はうちがかつて経験したことのないほどの研究費を総務、経理に無断で消費したらしい。これにはさすがに技術者には比較的寛容だった会長(当時社長)も激怒し、年俸大幅カットか退職の2択しか許さず、最終的に契約終了の退職が決まった模様。研究費を黙認していた社長(当時常務)も責任問題でヤバかったらしいが、まぁこれも上司として仕方ないところだろう。

ちなみにこの時じいさんと一緒に仕事をしていたのが現部長。多少の年俸カットを受け入れて残留し、その後程なくして洗脳が解けたようだ。しかし最近までこの時培った精神論を優先するところがあり、部長として直接上司になった時は少々きつかった。まぁ彼も被害者と言えばそうなのだから仕方ないところもあるが。

じいさんの退職のタイミングはちょうど社屋引っ越しと重なり、しかも実質やらかしてのクビなのもあって、その引き際は暴れっぷりに対して不気味なくらい静かだった。皆業務と引っ越しの両立で忙しかったし、自分は子育てと自身の引っ越しもあって興味のないヤツのことを考える余裕すらなかった。

しかしこの話はここで終わらないのが恐ろしいところだし、うちの会社ヤベぇとなるところでもある。

会社の引っ越しも年をまたいでつつがなく終わり、久々に多くの新入社員を迎え入れた年の秋。社長が無事社長に就任し、会長が会長職に退き、じいさん退社から1年が過ぎた頃、再び地獄の釜が開いた。というか社長がこじ開けた。じいさんが突如うちを訪問することになったのだ。表向きは多大な貢献をした元社員に新社屋をお披露目することだったが、そんなのは誰も信じていなかったし、次の月からじいさんが復帰することになった時もガッカリすることはあれ、皆驚きはしなかった。社長また騙されたのか…という雰囲気で社員の思いは一致していたと思う。

さて、件のじいさんだが復帰後1年くらいは一人でごそごそやっていた。というか何もやっていなかったのかもしれない。そもそも社長直属の顧問として特別扱いだったので、下々にはまるで成果がわからなかったし、関わることが無かっただけでもありがたい思いでいっぱいだった。

やむを得ず再び関わるようになったのは、とある新製品の立ち上げでじいさんがセンサー開発担当になったためだ。ここで2人目の"ヤツ"が登場する。我社きっての頭脳派、有名大学院卒の若手社員である。
元々この若手とは同郷同高のよしみで社内でも比較的関係が良かったが、この頃からじいさんの助手として研究職となりこじれていく。入社当初の謙虚さはあっという間に消え去り、じいさんの名代として会議や打ち合わせで何かと私と張り合うようになった。言葉遣いだけ無駄に丁寧で諭すような話し方は典型的な慇懃無礼だった。知識や実力が無いのにエラそうな口を聞くな的なあれである。
特に対応がひどかったのはこれまでの話で度々出てくる報告会の質疑応答や採点の時。当時自分は主任の肩書で設計の実務と部員への分担、プロジェクト管理を行っていたのだが、以前のように「肩書の割に報告内容が薄っぺらい」との趣旨の発言を、質問と称して遠回しにされることが多かった。あとこれは被害妄想も少し入っているが、彼ら2人の自分に対する採点は恐らく0だったと思っている。先日書いたように評判と得点が噛み合わないのだ。順位発表のあと結構な数の社員に「自分はすごく面白かったよ」と慰められるのは実にありがたくも惨めだった。

というわけで再び続く。