田舎おやじの言動log

田舎で暮らすおっさんの言動を適当にロギング。

PC遍歴その6

続き。

 

・2000年代初期(Win2000時代)
 人生の転機がいくつかあり、PCを含めた趣味そのものにあまり時間をかけられなかった時期。ゆえに大きな失敗や武勇伝的な散財はほとんど無い。

 

 21世紀に入って最初に買ったPCはCF-B5Rだった。仕事で出張が増えた時期であり、この辺98ノートは重くて非力で厳しかった。そんな99年末、久々に大学時代の友人を集めて鍋パーティーを開催したのだが、そのメンバーの1人が持って来たのだ。B5サイズとコンパクトでトラックボールの操作性が良く、自分には理想的だった。ちょうどパナの携帯を使っており、こいつと繋いでモバイル通信できるのも決め手となった。すぐにWin2000にアップグレードして、ここからしばらくレッツノート信者となる。

 

 これを機にデスクトップPCの方はパーツを交換する頻度が下がった。ノートPCの方がパワフルなのに加え、ほぼ毎週休出出張だったのだから仕方が無いだろう。AthlonがSlotからSocketに移行したのもブレーキになった。結局2年近くAthlon550で引っ張り、(多分)マザーが死んでどうにもならなくなってからようやくDuron600MHzに移行した。その頃たまのエロゲーファルコムゲーくらいしか遊んでおらず、Duronでも全く問題なかった。ただ値段が異常に安かったので、850MHz、1GHzと都度アップグレードしていった。マザーは最初AOPENを使っていたが、こいつは1年持たずメモリスロットが死んだ。原因は不明。その後MSIにやむなく乗り換えた。

 

 PC関連に影響のあった最初の転機は、嫁さんと半同棲を始めたことだった。最初は手芸関連の調べ物がしたくて私のPCをせっせといじりに来ていたが、何の気無しに当時流行っていたBOOKタイプケースとECSのマザー、余りパーツで1台組んであげたところ、ヤフオクとゲームにガッツリハマり、入り浸りを通り越して自宅に帰らなくなってしまった。出張で家を空けることが多かったため猫の世話とか色々助かったが、2人分の生活空間をひねり出すために無駄なPCパーツは一切合切処分した。やがて結婚することになり、さらにレトロPCも処分したが、これは今でも激しく後悔している。MSX2もVA2も、友人から譲り受けたTOWNSも、NAUすら粗大ゴミとして処分してしまった。どれか一つ残っていたら、その後のレトロPC方面の散財はずいぶん防げたものと思う。


 …話はそれたがそういったスペースの問題があり、また時を同じくして出張先で長らく活躍していたCF-B5RのHDDを吹っ飛ばしてしまった。それも台湾で。同行メンバーの予備PCを3日ほど借りて事なきを得たが、すぐに次の仕事が迫っており、やむを得ず急遽新しいPCを買うことになった。CF-W2Aだ。2スピンドルでB5Rとあまり変わらないサイズで軽く、カスみたいなPen4ではなくPentiumMを搭載していた。今に繋がるレッツノートの始祖であり、B5Rに負けず劣らずの名機だったと思う。
 というわけで偶然が重なり、メインマシンはなし崩し的にこのCF-W2Aとなってしまった。CF-B5Rはその後HDDを交換し復旧したものの、性能的な限界もあり一線を退く形になった。

 

 次の転機は引っ越しだった。結婚後もしばらく社宅に住まわせてもらっていたが、会社でベトナム人研修生を受け入れるため、彼らの住居として明け渡すこととなったのだ。
 新住居は社宅ほど広くないものの、新生活に合わせて家具もある程度コンパクトなものに新調したため、パーソナルスペースは十分だった。そこでちょっと前から気になっていた録画PCを新規に組むことにした。CPUはDuronに代わり価格がこなれてきたAthlonXP、苺皿と呼ばれたアレだ。マザーはECSのSISチップのやつだったと思う。その他基本的に古めで堅いパーツを流用した。肝となるチューナーカードはLinux、もっと言えばMythTVで動作実績のある玄人志向のやつを通販で購入した。思えばこの頃を境にPCパーツ購入は通販中心になっていった。近所のPCショップが閉店しまくったことと、店舗が開いている時間に訪れることができない勤務実態だったからだ。
 この録画PC導入はとにかく捗った。F1やゲームセンターCX大河ドラマ、アニメを録りまくり、時には録画した番組をCF-W2Aで視聴した。今のデジタル録画と視聴のスタイルを10年先行して楽しめたと思う。

 

 やがて仕事が出張中心から、長期の出向中心になってきた。海外出張や関東出張とセットの長野協力会社出向、地元自動車部品製造会社への出向、これに1月スパンくらいの単発中距離出張案件をこなす感じだ。現場仕事以外でもノートPCを使う時間が圧倒的に増え、そうなるとCF-W2Aの小さい画面が少々キツくなってきた。少々悩んだが仕事が忙しいことで収入も上がっていたため、思い切ってもうちょい大きいノートPCに買い換えた。直販モデルのCF-Y2Fである。またレッツノートかよ!と思うかもしれないが、1.2kg程度で14インチというのは画期的だったし、まさに私のためにあるというくらいTPOにマッチした。こいつもまだ自宅に完動状態で残っている。CF-W2Aは嫁さんがメインPCとしてしばらく使った。

 こんな感じで2000年代中頃は、録画兼ファイルサーバー機+個人ノートという環境ですっかり安定していた。OSはデスクトップでWin2000を長らく使い、やがてサーバーはLinuxDebian)になった。ライセンス認証の都合でこの頃自作PCは2000の方が都合良かったのだ。ノートPCはそのままXPで、気分で時折LinuxDebian)をデュアルブートにした。90年代に挫折したLinuxだが、この頃はUbuntu登場の影響もあって使いやすく進化、WindowsXP並のことはできたので、仕事とたまにやるゲーム以外はDebianを触ることが多かった。

 

続く。